糖質ゼロ食

釜池豊秋氏による糖質ゼロ食より
ケトーシス」と「アシドーシス」
ケトン体が「異常に」増加すると「ケトーシス」と呼びます。「アシドーシス」は、血液中の酸とアルカリの平衡が破れて、血漿が酸性に傾くことです。ケトン体は「酸性」なので、ケトン体が増加すれば血液が酸性化する、すなわち「ケトーシス」では「アシドーシス」になる、というのが日本糖尿病学会の見解です。また、その典型が「ケトアシドーシス昏睡」だというわけです。
糖質ゼロ食では血中ケトン体が「異常に」増加します。しかし、「アシドーシス」にはなりません。なぜなら、酸・塩基平衡は生命維持に基本的なホメオスタシスです。ケトアシドーシス昏睡にみられる、高血糖による「高浸透圧利尿」が「腎性代償」を阻害しない限り、「ケトーシス」でも「アシドーシス」にはなりません。高血糖にならない糖質ゼロ食では、アシドーシス」にならないのです。

地獄篇

言葉の膜を
破れず
遺伝子に
支配され
被支配に
気づかず
悪人となり
輪廻する


地獄一直線


国家は
言語である
人の心も
言語である


運不運を
幸不幸を
地獄極楽を
生死を
遺伝子を
愛憎を
支配する


言語はまた


数学であり
論理であり
弁証法であり
方法論であり
認識論である


自己認識の
関係性
限界論
でもある


言葉について
考えなければ
どんな不幸も
わからない

L D Lコレステロールについて

殆どの医者は、L D Lコレステロールが140を超えると副作用を説明する事もなく患者の了承を得ることもなく、すぐスタンチンを処方します。重篤な副作用があります。コレステロールの80%が体内で作られるので食事療法は効果が無いとお考えなのでしょうが間違いです。わたしも家内も、コレステロールの多い食品を控えますと1カ月で100未満になります。スタンチンを処方する前に、食事療法を勧めるべきではないでしょうか。仮に処方する場合も副作用を説明し患者の了承を得てから処方するべきではないでしょうか。


コレステロール管理ガイドライン2018年版によれば、 FHおよびA S CV Dの患者以外で A S CV Dリスク増加因子のない患者については、慢性的でなければ160を超えても問題が無いとしております。


また、HDLが多ければLDLが多少高くても気にすることは無い、と明言する医師が日本にも多くおられます。

AST.ALTについて

家内がお世話になっております。
肝臓専門医である肝臓学会評議員の栗原毅医師(元慶應義塾大学教授)によれば、AST. ALTの望ましい数値は15前後であり、糖質と脂質を多く摂取した場合は数値が高くなり、摂取制限をした場合は下がります。共に20を超えた場合脂肪肝になる可能性が発生し動脈のプラークも肥厚します。わたし自身毎年エコーで観察しておりますので実証済みです。家内にもプラークがあります。プラークが剥がれると脳梗塞になります。糖尿病患者の発生率は健常者の何倍にもなります。 AST.ALTが1ケタのときには腎不全ビタミンB6欠乏症妊娠等の可能性もあります(それだけでは断定できない)が、1ケタでもなく、食事内容を考えますと不足しているとは思いません。

ご推奨いただいたビタミンB群のサプリ1日4粒の量は平均必要量の6日分から120日分にもなります。必要量を超える量は原則排泄される水溶性とお考えでしょうが、B6と葉酸は副作用発生の上限を大きく超えております。仮に、ビタミン6が足りないとした場合でも、すぐサプリを勧めるのではなく、まず、ニンニクマグロレバーカツオ等の食品により摂取することを勧めるべきではないでしょうか。間違った指導をなさらないよう切にお願いします。
また、腎不全予防のため、尿中微量アルブミン検査を定期的にしてくださるようお願いします。

糖尿病患者の唄

糖尿病患者は
躰中の
毛細血管がつまる
血管が腐る
帯状疱疹になる
神経痛が痛い
冠動脈がつまる
冠動脈の
プラークが剥がれ
血栓ができる
心筋梗塞になる
脳梗塞になる
脳出血する
網膜が出血する
眼窩の筋肉が腫れる
眼球が飛びだす
ステロイド療法で六回入院する
六回入院しても治らない
免疫不全で死ぬ
失明する
糸球体が炎症する
尿毒症になる
透析を4時間する
透析を週4回する
透析のアクセルが痛い
死ねほど痛い
透析をやめたい
床ずれが痛い
床ずれが永遠に治らない
足の指が腐る
足の指を切断する
認知症になる

言葉の捉え方

言葉に内包されるものは、社会の属性、内的経験、言葉が使われた背景、相手との関係性により異なる。ひとつの言葉を取り上げても、担保されたた表現力はすくない。小説も、ほかの言葉との関係性によりはじめて、内包されるものの表現の可能性が生まれる。読む側の関心が、言葉の内包される関係性に在るとき、初めて言葉のほんらいの意味がつたわる。内的経験の少ない人と多い人を相手にした場合では、同じ言葉でも内包される意味が異なる。


単眼的言葉の捉え方はコミュニケーションを崩壊させる。