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ヨシユキという友人がいた。
宇宙の向こうには何があるのか。宇宙について語り合った。わたしは高3B組教室の余っている黒板にチョークで日替わりに近代詩を書いていたのだが、ヨシユキがその黒板に、藤村操の巌頭之感を書いた。藤村操は飛び級をして一高に入学、巌頭之感を樹木に刻み華厳の滝に飛び込んだ。明治36年5月22日16歳だった。山奥の農家のヨシユキの家に遊びに行った。お茶代わりだと言って焼酎を茶碗に入れて持ってきた。わたしは吃驚した。
 13年後ヨシユキの居所がわかり、私の事務所がある東銀座で待ち合わせをした。ピンクサロンの店長をしているとのことだった。

勘違い

15歳の時亀井勝一郎の随筆を読んだ。勘違いは、第三者の想定と当事者の行動の結果がたまたま異なったときに使われる語彙であり、第三者の想定には根拠があり理由があり、勘違いこそが本質であり、実は勘違いでは無いのだと書かれていた。吃驚した。それから自らの勘違いと第三者の勘違いを用心深く眺めるようにしている。

詩と小説と映画の記憶

記憶に残る詩
高校生  近代詩
     島崎藤村
大学生  鮎川信夫
     小野十三郎
     金子光晴
     山本太郎
     那珂太郎
     アイワズボーン
     新鮮なる旅人
     萩原朔太郎

生涯で最も衝撃を受けた小説
     沈黙(遠藤周作)

記憶に残る小説or戯曲
中学ニ年 愛と死 (実篤)
高校生  狭き門(ジッド)
     椿姫(デュマ)
     千羽鶴(川端康成)
大学生  驟雨(吉行)
                     死者の奢り(大江)
     吉行淳之介短篇 
     愛と死の戯れ(戯曲ロラン)
     間奏曲(戯曲ジロドウ)
                     かわいい女(チェホフ)
社会人  菓子祭り(吉行淳之介)
     拳銃と15の短編(三浦哲朗)
     金閣寺(三島由紀夫) 
     死の棘(島尾敏雄)
    
何度も読んだ小説
     千羽鶴
     風立ちぬ

最も衝撃を受けた映画
成瀬巳喜男監督 浮雲
フェリーニ監督 道
カバーニ監督  愛の嵐
ジッロ監督   アルジェの戦い

何回も見た映画 浮雲
        愛の嵐

記憶に残る映画
・6歳学校講堂 おらぁ三太だ
・小学生低学年 三益愛子の母物
・小学6年   蜘蛛の巣城
・小学5 〜6年 孫が祖母を可哀想だ
        と殺す
・15歳薄桜記
   女が階段を登る時
・20歳 アラビアのロレンス
・33歳 ディアーハンター
・46歳 バード(クリント)
・62歳 ウォーダンス

小さな棘

私の場合は解決できていない問題が養老さんの小さな棘のように頭の中にいつもたくさんあって、職場を離れた時から次々それが頭に浮かぶ。夜中に目が覚めトイレの時も頭に浮かぶ。次から次と頭に浮かび眠れなくなる。毎晩夢を見る。ほとんど仕事関連の夢だ。仕事が趣味だから仕事のことを考えるのが楽しくて仕方がない。

仕事はできればしたくはないのに、生活のために時間を売る。悲しい奴隷だと思う。プロレタリアートの奴隷は、尊敬されず昇進もせず給料も増えない。仕事を趣味にする人は貴族だと思う。趣味になれば仕事も楽しく、年収も増える。

将棋の棋士は例外なく謙虚である。藤井聡太君でさえ謙虚である。棋士は趣味で仕事をするから、いつも将棋のことを考える。歩いていても、電車に乗っていても、夢の中でも、将棋を考える、仕事の貴族である。棋士は自分に向き合うために生まれた。棋士はかっこいい。

言葉と心

言葉から心が生まれた。
言葉がなければ心は生まれなかった。言葉をひたすら学んだだけでAIは心を理解するようになった。言葉があるからこそ人間の感情が明確になる。知能とは=予測能力である。心や創造性すらも言葉の予測の産物である。
 
人間も日常生活の多くは言葉による概念のやりとりで営まれている。体験が機能を作る。体験とは何?生きていないものから命が作られ意識を持たないものから意識を持つものが作られる。
人間の知能を作ることで自分自身が何なのかを解き明かせるのではないか。作れるという事は充分理解したことになるのではないか。
 
宇宙をやるか人工知能をやるか、ほぼ2択。宇宙は最大の謎。人工知能の研究は、自分自身の謎を解く。もちろんできると思う。自分とは何かいまだにわからない。凄く大きな謎でそれを解き明かしたい。究極的に自分を知りたい。自分を知ることによって、大切な人に近づくことができるのではないか。理解することができるのではないか。
 
タモリさんは自分と言わず人間と表現し、松尾さんは人間と言わず自分と
表現する。松尾さんはそこが凄い。
 
(NHK AIは人間を超えるか〜感想)