裁判

初めて裁判の原告になったのは23才ですが、金が欲しくて告訴したのではない。被告企業の担当取締役総務部長への憎しみである。結果は勝訴に近い被告の申入れによる請求金額8割の和解である。老練な裁判官の術策に嵌った感あるのは残念だけれど、3年に及ぶ訴訟結果被告企業の担当者は取締役と部長職位をを失った。
裁判の目的は必ずしも訴訟に勝つ事ではない。

仕事

自らの仕事を否定できる発想を持たなければならない。上司から指摘されるまえに自らを否定できなければならない。

経営と投資について

経営と投資についての私の考えを述べます。
経営は組織を完全にコントロールすることです。コントロール出来ない対象は経営ではなく投資もしくは投機です。投資と投機の定義は難しいですが、10本投資して9本失敗しても1本成功し50倍のリターンがあれば回収率500%となり成功と云える、という考えは投機です。競馬での数億円の利益に更正処分を受け課税庁に勝訴した人がおりました。優れた直観による緻密な算式により必然として利益を得たとのことですが、組織をコントロールしての利益ではありませんから、経営ではなく投資です。当社は投資会社でも投機会社でもありません。組織を完全にコントロールできるのであれば経営ですから問題はありません。そうでないときは原則営業経費もしくは宣伝経費として処理したい。経費として処理するのであれば営業経費内となりますから検討できる、という考えです。不動産価値もしくは企業価値を証明しようとする鑑定書は他の人は認めるかもしれませんが私なら私が認める企業のものでなければ認めません。企業会計は企業の方針ですから、当社グループは3か月以上の延滞債権を不良債権として償却をしたい。三井不動産の契約書には賃料を2ヵ月延滞すれば即時解約、とあります。

言葉

言葉がつうじないことほど哀しいことはない。
だから詩人は詩を書き小説家は小説を書くのではないか。
言葉がつうじないとき、ブログを開設し自らの言葉によりディベートをしたほうがよいと思う。