*


老人ホームの破綻が相次いでいるという。
自宅を売却して老人ホームに入所し、出されて行く所が無い、という。
悲劇は喜劇、という言葉をおもいだす。


悲劇は老人のものである。
老人としての江藤淳の最期をよくおもう。子がいてどこかで生きていれば、支えになったかもしれない。
江藤淳との出会いは、“成熟と喪失ー母の崩壊”である。すぐれた文である。
未読の方には是非おすすめしたい。