リフォームの発注、コミュニケーション その2

―例えば、そのビル経営代行の担当者は必ずしも建築教育を受けているわけではないですよね。そうなると、建物に対して空間であれ材料であれ、そういう見方をしたことがないだろうし、なかなか難しいとは思います。
問題はそういう見方をしたことが無いということですよね。ところが僕の場合は23歳の頃から、「このビルの作り方はおかしい、空間とか材料の選択を間違っている。正しく選択をすれば、間違いなく家賃を2割高く取れる。」というのを、大手の設計事務所のチーフとやりあっていましたからね。
―その建物の不動産的な価値が空間とか仕上げであるとか、実際的なモノの関係性に基づいて出来ているということが、判断できるということですよね。でも、トレーニングを積んでいない人はそういう眼差しでは見られないでしょうね、きっと差が分からないと思うんですよ。ぼやっとした質の差は感じられるのだけれど、その差がどのようにしてできているのか分からないから、具体的に発注することが出来ないのではないでしょうか。
それは、まさにその通りです。それでもっと意識の内側に入ってみると、興味がないんですね。(笑) やっぱりうちの社員でみると、すごく真面目で頭もいいんですよ、ちゃんと書類も書けるし。でも自分の独断で「この材料でいいんだ」ってバシっという人はいないね。そのバシっと言った時の結果は2つあって、それで評価が上がる場合と、一方で完全に否定されて阿呆扱いされるリスクもあります。どちらかというと、否定されるリスクに対して敏感ですね。
僕は不動産屋に勤めていた若い頃、中小企業の社長さんであるとか大企業の総務部長さんにビルを案内していました。その時に彼らがどういう感想をもっているか、どう感じているかを、顔色とか手振りとか、歩き方、話したから分かりました。なおかつどの辺が気に入らなくて、どの辺が気に入られていたかを、僕は分かりました。それが分からないとダメです。お客さんを案内して、表情、目の色、言葉の内容、それらの変化から、お客様がそのビルの気に入っている部分とそうでない部分、それらの理由。トータルとして気持ちが膨らむ方向でいっているのかどうか、ということが分からないと、ビルのマネジメントをやる資格がない。と言うと、ある人は世の中にいなくなっちゃうけれど。(笑)
やっぱり商売でビル経営をやっているわけだから、プロですよね、それで給料をもらっているわけだから、「同業の人よりも俺の方が上だ」という自負を持てるようにするにはどうすればいいかを考えて欲しいですね。だから例えば、自分たちよりいい仕事の仕方をしているような会社を見つけたとしたら、その会社がどういうビルのマネジメントをしているのかをたまには見に行くべきかもしれない。そしてマネジメントの良いところと悪いところを、部分部分について、同時に全体について、具体的に自分のやっているマネジメントとの違いを分からないと。どの水準のマネジメントをしているのか、コストはどうなっているのかなど、色んな優劣があるでしょう。でもお客さんは同じ地域の中でベターな方を選ぶわけですよね。例えば、車が欲しいと言ったときに理想があったとしても、どうしても必要であるならばある価格帯の中で車を選ぶしか無いわけです。それはビルも同じで、競争相手はどうなのかということを把握していることは重要です。

理想的なビルを設計、リフォームできればいいのだけれど、理想というのは難しいし残念ながら基準が無いですよね。ところが競争相手はいっぱいいます。要するにそこに勝てばいい。どの程度で勝てるか、競争相手という基準があればそれは設定しやすい。
例えば「こんなイメージの服を作りたいのだけれど」とデザイナーに個人が頼むとします。その時にその人は何となくぼやっとした作りたい服のイメージがあるのだけれど、具体的なイメージは到底持てません。ということは、本当に着たい服のイメージは明確には提示されていないということです。なんとなくフワッとしているのだけれど、それは自分自身の本当のニーズが分かっていないということです。そこでのデザイナーの仕事は、何度か会って話をしたり、よく観察する中でその人の行動形態であるとか生活の全体、趣味、方向性を鑑みて、それをバックボーンにして彼自身の本当のニーズを発見してあげることですね。この場合のデザイナーというのは、ビルでいうとビルのマネージャーになるわけですね。